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まーちゃんの生い立ちと経歴 【大学 3~4年編】

前回の続き。大学はよく人生の夏休みと言われますが、僕にとっては最高の夏休みになってしまいました。

実は僕が2年生の時に、人生を揺るがす重大な出来事が起こります。

監督の交代

これを話すときに、前置きなんて要りません。

2年生の前期まで僕はトップチームでプレーしていました。
しかし後期からはBチームに降格、そこからは永年Bチームでの生活を強いられます。

僕の人間性も、SランクからBランクに格下げ。クズ街道まっしぐらとなりました。

大学内での僕の知名度は、サッカーではなくクズ度ランキングでうなぎ登りになったといっても過言ではないでしょう。


そして、この時は新監督に文句ばっか言っていました。

4年生になった時、同学年のメンバーは一人を残して全員が堂々とBチーム降格を果たします。
1年次から関東大学サッカーリーグで戦ってきた僕らには、過酷な思いがありました。

『なぜ?』

そう皆が感じたと思います。

監督の交代は、当時の私にとってはかなり大きな出来事でした。

3年次

私たち東海大学は、春先に御殿場で遠征合宿を行っていました。(遠征とは言えない距離です。)
時ノ栖(トキノスミカ)というホテルに泊まりながら、他の大学と練習試合を行っていました。

その合宿から帰ってきた直後だったでしょうか。
私はその時のコーチに、大学のグラウンドで反発します。
何を言ったか覚えていませんが、この時からクズはクズ代表へとステージChangeしました。

本当は日本代表になりたかった。。。www

その事件をキッカケに、僕はBチームの更にBチーム。
名称は『B2』に所属する一年間を迎えます。

3年生の僕にはまだ先輩がいました。
色々あって慕っていた先輩陣の姿はそこになく、それでも前を向こうとしていた先輩たちの最後の1年間を共に出来て、僕は良かったと思っています。

J氏(名字はSの方)・トゥグル・ヒコニイには、本当に助けてもらえた1年だったと思っています。
(※トゥグルは怪しい)

とにかくJ氏には、色々教えてもらいました。
『後輩と女には、借金してでも奢れ。』

こんな教訓誰も持っていませんよww
かっこよすぎるww

だけど、J氏だけでなく慕っていた先輩も皆、奢ってくれていたなぁとつくづく思います。
(※注 アゴには奢った経歴あり。)←ここ重要!!!

よっ!!!必殺遊び人集団でしたから、

色んな事を教えていただく中で、最も教えてもらったことと言えば、パチスロですww

ハマりすぎて大学4年の時、結構やらかしちゃいました。

変なことも教わったし、人として最も大切なことを学んだ1年だったのでしょう。


4年次

4年になったとき、僕は約2年ぶり?くらいに同学年のメンバーとプレーします。

【四中工のチビ】・【ベガルタの煩悩】・【川崎の害児】・【ゆりこうの靴磨き】・【GKより性格に問題あり】

などなど、Bチームの試合なら余裕でしょメンバーがオールスター大集合かのように、しっかりBチームになります。

なんだかんだ、楽しかったかもしれません。たったこの1年間が。。。
というのも、本当の意味で高め合えた1年だったんです。

本当の意味で成長できた1年だった。
四中工のチビのドリブルは止められない(まじで大学4年間で、ちゃんと奪ったのは3回くらい)、川崎の害児は読めない、ベガルタの煩悩の献身的プレー、靴磨き君の戦術眼、問題しかないGKは今やプロ(内山圭:現ロアッソ熊本)

1年から、気づけば4年になり、当時戦ってきた全員と同じチームになる。
こんな巡り合わせは、きっと神様も出来ないでしょう。

Iリーグというネーミングセンス0のリーグで、最後の花を咲かせよう。
そう皆が努力しました。

大輪は思わぬ場所で咲くものです。

僕たちは、4年になってひたすらにぶつかりました。まるで、今までの経験を埋めるかのように。
言えることが言える。言ったことを行動できる。

「僕が得た本当のチームでした。」


ほんとに色んな経験をしたし、今思えば本当に苦しかった。
もっと上のステージでやりたいけど出来ない。これは僕が思っていた記憶によるもの。

もっと速く・強く・正確に
これが僕らが求め続けた答えです。

『なんで出来ないの?』と後輩には強く願い、言いました。

その時、僕らが考えていことはただ勝つことだけ。
勝つということに、大きな意味があったと知ってほしかったよな?てら?

学生スポーツで教わることは育成ではありません。
勝つために何をするのかです。

良く映画で悪者にされますが、勝つためなら何でもするという感覚は間違っていないと思います。

成功するためにする努力は無駄ではないと思います。

努力したら成功する?報われる?

努力しても成功・報われなければ、その努力は水の泡?
たった最後の1年過ごしただけで、僕は僕なりの答えに辿りつきます。

それは、自分のことは自分が決める。ということ。

サッカーでも人生も。
僕らはIリーグの全国大会に出場を決めました。

僕らの一年は、思わぬところで大輪を咲かせて終わるかと思われました。
例え、Bチームでも全国制覇は全員が夢に見たことです。
形はなんであれ。

舞台は宮城県。
11月のクソ寒い中、新幹線で移動し、日本三景の松島。
試合以外のことでは、ホテルが綺麗だった!!!しか覚えていませんが、初戦で逆転負け。

笑えました。よくやったよな、俺たち。

大学最後のフィナーレは呆気なく。
まさに僕たちらしい最後だったのではないでしょうかwww


引退した僕らの次のステージは社会人。


4年になってハッキリしたのは、俺に社会人は無理だ。という感情でした。



プロになりたいと思って入った大学での突然の監督交代。

しかし、僕は大卒1年目で気づいちゃったんですよね。
この考えがいかに愚かだったのか。ということに。

そして、僕の新社会人1年目が幕を開けます。

それでは社会人1年目編にて!!

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