まーちゃんの日記

僕が店長をやめた話

こんにちは。まーちゃんです🔥

会社員をやめて早くも3ヶ月目に突入し、2週間が過ぎました。
これで良かったのか?と日々、自分に問い続ける毎日は継続中です。

たまたま、星付き料理人がサイゼリアでバイトする理由という記事を見ました。
凄いなぁと思うのと、ちょっと僕の考え方に似ているな。と思ったので、僕はこの記事を書こうと思いました。

是非お付き合いください。



あいつ会社やめたってよ

2020年8月31日で、まーちゃん退社
9月からはその会社で業務委託のトレーナーとして働かせてもらうことになりました。

僕を知っている人の中では、『あいつ会社やめたってよ』と噂されていそうです。(思い込み)
某大手パーソナルジム店長という肩書きを放り投げ、自ら荒れた大海原へと身を置くことを決意しました。

僕が入社したのは、2016年7月のことでした。
体育学部出身なのに、栄養学も解剖学も生理学も、何も覚えていないことに後悔をした記憶があります。
もっとちゃんと勉強しておけば良かったなぁと当時は思いました😂

そして8月末、勤務地が横浜に決定。
高校時代慣れ親しんだ街、YOKOHAMA!!!ホーム感が強く、ストレスも感じずに毎日出勤していました。

当時パソコンに強いスタッフがおらず、僕は業績を追い求める他に必要だと思ったことを徹底的に行いました。

全国で個人成績5位になったこと、そして他の事もやっていたおかげで、副店長の座へとステップを進めます。

2019年5月、店長への昇進とともに池袋に勤務地が変更。
東京の中でも慣れない街、池袋。IWGPのイメージしか無く、今もあまり好きではありません。

晴れて、一国一城の主になることに!!
それでも、会社をやめました。そこには何としても自分の力でビジネスを成立させたいという強い意志があったからです。

上に立つことで学んだこと

転勤してまもなく僕に試練が訪れます。

既存のスタッフとの衝突。今までの僕のやり方、スタッフのやり方。
監督の交代で、組織が大きく変わることを知っていた僕には、『なぜ、言うことを聞いてもらえないのか。』という気持ちでいっぱいでした。

でも今になって思うんです。

話を聞いていなかったのは、僕なんじゃないか。って

僕は何としてでも一国一城の主になる必要がありました。
上から見る景色と、横から見る景色、そして下から見る景色。

同じ景色でもどこから見るかによって、見え方が違うと思っていたからです。

毎日をただ何となく生きていたら、絶対に見ることが出来ない景色です。
自分でビジネスを起こしたい僕には、そこから全貌を知る必要がありました。


しかし、僕は店長になって気づいたことがあります。
見えている景色の違いは、店舗の業績や数字のことだけで、スタッフを上から見下ろすことはあってはならないと。

僕に足りなかったのは、立場を捨てることが出来なかったということ。

立場は僕をがんじがらめにして、僕から自由を奪いました。

『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』と福沢諭吉も言ったように、僕と他の人は常に対等であるべきだと学んだことが、店長になって学ぶことが出来た大きな価値あるモノです。





最強の傭兵になろう

一国一城の主になった僕は、心の中で問い続けます。
今の安定した給料に満足していれば、未来も安定するのか。

行き着いた答えは、NO

妻と子どもの将来を考えたとき、現状維持では満足してもらえない。僕も満足出来ない。
そう思いました。

だから一国を捨て、城も捨て、どこにも籍を置かない浮浪者になることにしました。
浮浪者には立場なんてクソ食らえです。今の僕に立場はありませんし、もう必要ない。

これからは最強の傭兵として、マネーフローの渦中で戦おうと思っています。

会社という後ろ盾がない傭兵まーちゃんは、
まさにDead or Alive🔥
毎日、死と隣り合わせです。

でも、僕には心地よい。自分で考え行動することに、全て意味を見いだすことが出来ます。
思い切って会社をやめたからこそ、今見えている景色もあります。

『自由と責任はコインの裏表』だと、改めて痛感しています。

でも、、、
楽しいがイチバン!!

死ぬこと以外、
全てかすり傷

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