まーちゃんの日記

【変態あきんど一家】 やりたい放題のまーちゃん一族

この写真は僕の祖母家の写真


曾祖父はもう5年前くらいに他界して、今は僕の後ろに見えない姿で見守ってくれている。
曾祖母もまた同じである。
今、僕が生きている世界は原始人から受け継ぐ魂の上にある。
写真左下が僕の祖母だ。昔から変わっていないのが笑える。


最近、親戚のグループLINEが動き、遠い親戚が新聞に載ったようだ

僕の叔母は美容師として独立し、祖母の弟(なんというのだオジサン?)は喜多方ラーメン、そして遠い親戚は地区唯一の飲食店をオープンしたらしい。そして父はこの前教育コンサルタントとして開業した。
なんたる商人一族であろう。誰も彼もやりたいようにやり放題だ。

まーちゃんは言わずとも、こうしてどうでも良さそうなブログばっか載せるパーソナルジムを経営する変態である。
まーちゃんの弟たちもまた、我が道を行く覇道の最中。
次男は鹿児島で焼酎ばっか飲み、三男はウェールズで異国の美女を口説くのに夢中で授業を履修出来なくなるという阿呆だ。

早くも起業してみたまーちゃんだが、この馬鹿さと行動力は弟たちに負ける気がしない。一つ負けているものといえば、その勤勉さ。弟ふたりは勉強中毒者。父もまた然りだ。
大きく分けて、まーちゃん一族は2つに分類される。勉強するやつしないやつだ。まーちゃんは後者。


僕、『まーちゃん』は昔からのあだ名。
『merchant』は商人という意味がある。

チャレンジ精神のDNAを強く受け継いでしまったようだ。
先日は9.11から20年だった。つい1ヵ月前は終戦記念日。別に記念じゃないが。

本日2021/09/13、何故か知らないがこうしてキーボードを打つ。時々、蘇る曾祖父のお葬式。まーちゃんは青森から東北道を140kmでぶっ飛ばした。
この時、初めて親戚のお葬式に参列した。喪服なんて持っていない。こんな日が来るなんて思ってもいなかったから、現実を受け止めることも暫く出来ないまま、車を走らせた。

『あれ?俺、なんで泣いてんだ?』

ふと、自分の両目から涙がこぼれていることに気がつく。小さいころは泣いてばっかだったが、大人になるに連れ涙すら涸れ果てたと思っていたのに。

これは家族も知らない新事実。


今あるこの世界は先人達が築き上げてきた世界。そして、ここからは僕ら若者が後世に語り継ぐ世界だ。
チャレンジをすると、成功より失敗の方が圧倒的に多い。

チャレンジとは目の前の草むらをかき分けて目的地を目指すものだと思っている。

水を欲した人間は川があると知れば、そこを目指す。
目の前には自分より背の高い植物が立ちはだかる。その中には猛毒を有した虫や大蛇が潜んでいるかもしれない。

刺されたら、噛まれたらどうしようと考えているうちに、時だけが過ぎもっと危険な夜のステージに移行していく。
もしかしたらDEATHnoteに名前が刻まれるかもしれない。ミサミサー!!!なんて言っている暇はない。

そのリスクを背負っていった先、もしかしたらたった1m先が川なのかもしれないのに。1km湿地を這いずり回らないといけない(努力)と思いがちだ。
苦渋の決断の末、チャレンジしたときに待ち受けているのは『もっと早くやっておけば、、、。』だ。

ピザーラにタラバガニが登場したら、カニ好きは飛びつくだろう。しかし、『タラレバクォーター』が登場したら人はどうするだろうか。
名前やイメージだけで誰ひとり買おうとはしないのは目に見えている。

まーちゃんはそういうのが大好物。
人が食べたことのないもの、経験したことのないことをとにかく好き好む習性の持ち主だ。
パーソナルトレーナーとして独立したこともまた、お客様の痩せる未来に興味がただただあるだけなのかもしれない。
喜んだ顔が見たい。一緒に感動を分かち合いたい。これだけで生きている感触がある。

タラレバクォーターも名前だけで、もしかしたら超美味かもしれないのに。
自分の先入観で美味しくなさそうと決めつけてしまうのは、チャンスをみすみす見逃しているようなものだ。

やりたいことをやる。
食べたい物を食べる。

結局、チャレンジすることを一番恐れているのは自分。
社会が俺を怖がっているんじゃなくて、俺が俺にビビっているだけ。

こうして受け継がれてきたDNA
まーちゃんはこのDNAのもと、更なるチャレンジをこれからも繰り返していこうと思う。

俺がここから日本を変えてやる。小さな人間の夢見る大きな野望である。

-まーちゃんの日記